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軽量で安全な水素キャリア材料を開発 ~室温・大気圧において光照射のみで水素を放出~

 東京工業大学,筑波大学,高知工科大学,東京大学は2019年10月25日,東京工業大学 物質理工学院 材料系の河村 玲哉 修士課程2年,宮内 雅浩 教授,筑波大学の近藤 剛弘 准教授,Nguyen Thanh Cuong(ニュエン タン クオン)研究員,岡田 晋 教授,高知工科大学の藤田 武志 教授,東京大学物性研究所の松田 巌 准教授らの共同研究グループが,ホウ化水素シートが室温・大気圧下において光照射のみで水素を放出できることを見出した,と発表した.本研究は,独立行政法人日本学術振興会の科学研究費,文部科学省の元素戦略プロジェクトなどの助成を受けて行われ,成果はNature Communications誌に掲載された(注).

 近年,ホウ素系二次元物質がグラフェンの性能を凌駕する可能性を有するとして着目されている.従来のホウ素系二次元物質の合成には高温や超高真空条件が必要であったが,研究グループは2017年に,室温・大気圧下において,二ホウ化マグネシウムのアクリルニトリル溶液をイオン交換してホウ化水素シート(HBシート)を得る,という簡易な合成法開発に成功した.HBシートは,ホウ素原子(B)を頂点とする二次元の正六角形が平面的に配列した構造で,各Bは隣接するBと2個の水素原子(H)を,六角形の辺中央の上下に平面から突き出た状態で共有している.ホウ素と水素の組成比が1:1で8.5wt%という高い水素密度を持つHBシートは,200℃以上に加熱すると水素を放出するので水素キャリアとしての応用が期待されている.本研究において研究グループは,第一原理により分子軌道を計算したところ,HBシートのσ結合には基底のα準位(Bの2py軌道とHの1s軌道からなる)に対し,二つの主要な遷移状態(β準位とγ準位)が存在することを見出した.2.42eVの可視光で励起されるβ準位は,Bの軌道が2pxに変わるものでBの反結合性軌道であるが,3.85eVの紫外(UV)光で励起されるγ準位は,Hの反結合性軌道である.従って,加熱せずとも,UV光の照射でHBシートから水素を放出させることが可能と考えられる.実際にUV光や可視光(Vis光)でHBシートを照射したところ,Vis光では水素は発生せず,UV光でのみ水素の発生が確認された.UV光源に200WのHg-Xeランプを用い,窒素雰囲気容器内のHBシートに石英ガラスを通して照射すると,水素の放出はUV光照射直後から急激に立ち上がり,おおよそ20時間で平衡に達した.この水素放出量の定量分析を行い,HBシートから8wt%の水素が放出されたことがわかった.この値は,従来の水素吸蔵合金における質量水素密度が,たかだか2%程度だったのを越える.有機ハイドライドのシクロメチルヘキサンの質量水素密度は6.2%だが,水素放出には300℃以上の加熱が必要である,光照射だけで大量の水素を,常温・常圧で放出させられるというHBシートの特徴を明らかにできた,

 研究グループは,HBシートの安全・軽量なポータブル水素キャリアとしての応用に期待する.また,HBシートの特異な電子バンド構造は半導体材料や光触媒への応用展開のきっかけになるとしている.

(注)R. Kawamura, N. T. Cuong, T. Fujita, R. Ishibiki, T. Hirabayashi, A. Yamaguchi, I. Matsuda, S. Okada, T. Kondo, and M. Miyauchi, "Photoinduced hydrogen release from hydrogen boride sheets", Nature Communications, Vol. 10, Article number: 4880 (2019), DOI:10.1038/s41467-019-12903-1; Published: 25 October 2019