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ロータリーエバポレーターのマクロな回転で分子の右巻き,左巻きを制御! ~生命のホモキラリティー起源の候補を高い再現性で初めて実証~

 東京大学は2019年11月5日,同大学 生産技術研究所の石井 和之教授,半場 藤弘教授らのグループが,ロータリーエバポレーターを使用して,フタロシアニン分子の単量体を含む溶液を濃縮することにより,キラルな触媒を用いずにマクロな機械的回転に応じて,右巻きまたは左巻きに捻じれたフタロシアニンキラル会合体を高い再現性で合成することに成功したと発表した.本研究は独立行政法人日本学術振興会の科学研究費等の助成を受け,成果はドイツ化学会誌Angewandte Chemie International Editionに掲載された(注).

 同じ分子構造でありながら右手と左手のように互いに鏡像関係にあり,重ね合わすことのできない性質(キラリティー)を有する分子はキラル分子と呼ばれ,旋光性を呈し,生命現象に大きな影響を持っている.アミノ酸にはD体とL体という鏡像異性体が存在するが生命の利用するアミノ酸はL体に限られ,生命におけるホモキラリティーの起源は生命発生の謎のひとつであり,医薬品や材料開発においても重要である.これまで,キラル化合物の一方のみを合成する不斉合成は,キラルな触媒を用いて行われていたが,最近,マグネティックスターラーで生じるマクロな渦流を利用し,超分子や高分子を捻じってキラリティーを発現させる例や,ロータリーエバポレーターでフラスコを回転させ,それにより生じる回転流動を使用したキラル化合物の合成例も報告され,生命発生と地球回転運動との関係や,キラルな触媒を用いない新たな不斉合成法の観点から関心が持たれている.反応液の渦運動はキラルであるが,これまでは,10-1mオーダーの機械的回転による10-4mオーダーの渦が,10-7~10-9mの分子スケールのキラルに影響を与えるとは考えられておらず,実験の再現性も低く,キラリティー誘起のメカニズムは不明であった.

 本研究グループは,ロータリーエバポレーターを用い,フラスコを回転させながらフタロシアニン分子の単量体を含む溶液を濃縮することで,フラスコの回転方向に応じて,多数のフタロシアニン分子が右巻きまたは左巻きに捻じれた状態に集合したフタロシアニン キラル会合体を,再現性良く合成することに成功した.実験に用いられたフタロシアニンは,金属を配位しないフタロシアニン,もしくはフタロシアニンのパラジウム錯体である.これらのフタロシアニン1.2×10-5Mをメチレンクロライド10mlに溶解し,フラスコをロータリーエバポレーターに取り付けて30℃で減圧しながら濃縮した.ロータリーエバポレーターの回転数は180rpm,フラスコ回転軸の傾きは50°である.会合体はフラスコの底部に薄膜として得られるが,良好な薄膜を得るには回転数と蒸発速度のバランスが重要である.会合体薄膜の円偏光二色性を測定することで,フラスコの回転と会合体分子の捻じれ方向の対応が確認された.捻じれの向きは反応液の渦流方向と一致し,フラスコを上部から見て反時計方向に回転すると会合体は右巻き螺旋に,フラスコを時計方向に回転すると会合体は左巻き螺旋になる.このメカニズムは,フラスコ内流体運動の“捻じれ”を計算して提案されたキラル誘起機構によるもので,実験はその検証となった.

 本研究により,マクロな機械的回転がナノスケールのキラリティーに影響を及ぼすことが明かになり,生命の起源につながる手がかりや,新たな不斉合成法や光学材料の開発に発展することが期待されている.

(注)M. Kuroha, S. Nambu, S. Hattori, Y. Kitagawa, K. Niimura, Y. Mizuno, F. Hamba, and K. Ishii, "Chiral Supramolecular Nanoarchitectures from Macroscopic Mechanical Rotations: Effects on Enanti-oselective Aggregation Behavior of Phthalocyanines", Angewandte Chemie International Edition, Early View, DOI: 10.1002/anie.201911366; First published: 29 September 2019