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残光による生体深部温度の新規計測技術を確立 ~高度先進医療および脳機能の解明に貢献~

 東北大学は2020年2月13日,同大学大学院 工学系研究科応用物理学専攻の藤原 巧教授らが,独立行政法人国立病院機構仙台医療センターの篠崎 毅副院長らとの共同研究により,低侵襲性で位置選択的な生体深部温度センシングを可能とする,残光体(蓄光体)を用いた新しい光学計測技術の提案および基本原理の実証に成功した,と発表した.本研究は文部科学省の支援を受け,成果はScientific Reports誌に掲載された(注).

 体温は重要なバイタルサインのひとつであり,人間の生体機能と深く関係している情報である.また,心肺停止後の回復時に脳機能保護のため行われる,体温を下げる体温調節療法のような先進的医療においても,生体深部の体温計測や管理は極めて重要である.しかし,これまでの生体深部の体温計測は,カテーテル挿入により行われるため身体的負担が大きく,また測定箇所もカテーテルの挿入が可能な部位に限られていた.本研究において,研究グループは,生体深部の温度計測に,時計文字盤や誘導標識などに使われる残光体の利用を想起した.残光体は,光照射で励起された電子がトラップサイトに捕捉され,熱的に徐々に解放されることで発光を持続する材料である.時計文字盤などで見られる残光は,捕捉された電子が自然に解放されて発光する現象(Afterglow)であり30秒程度で減衰する.輝尽発光は,より深く捕捉された電子が,近赤外線のような長波長の電磁波照射の刺激を受け解放されて発光する現象(Optically stimulated luminescence)であり,Afterglowの消光後でも刺激を受けることで再び発光する.トラップからの電子放出過程は温度の影響を受け,発光の減衰速度は温度が上がるに従い速くなる.すなわち,生体透過性の波長650~1000nmの近赤外線の刺激で輝尽発光する残光体を生体内部に送り込んでプローブとし,任意のタイミングで近赤外レーザーを照射して発光させ,その減衰状態から生体深部の温度情報が得られるとの着想である.

 生体内部に送り込み温度計測プローブとして使用する材料には,残光特性のみならず,生体内部での化学的安定性や生体親和性が求められる.研究グループは,人工関節や人工歯などにも用いられるジルコニア(ZrO2)を選定し,20℃から50℃の範囲における温度と残光寿命の関係を調べた.ZrO2の励起波長は280nm,残光のピーク波長は480nmである.実験により,残光寿命の逆数の対数と環境温度の逆数に明瞭な直線関係が認められた.これは,残光の減衰がアレニウスの式に従い,温度が高いほどエネルギー障壁を越え易くなることであり,ZrO2が温度プローブとして使用できるという見通しを裏付けるものである.残光の減衰時間(発光開始から1/10まで減衰する時間)は,周囲温度が40℃で700秒,30℃で1400秒程度である.実際の応用では,ZrO2ナノ粒子を注射液に分散し,紫外線を照射して励起状態にしておく.この液を注射して温度を測定したい部位に近赤外レーザーを照射し,その後に観察される発光の減衰状態を測定するという手順になる.これを実証するため,脳内温度計測を想定して頭蓋骨に代わる模擬骨試料を用いた実験が行われた.ZrO2ナノ粒子を模擬骨の背後に置き,模擬骨を介して波長808nmの近赤外レーザーを照射したところ,輝尽発光とその減衰を観測でき,頭蓋骨外部から観察して脳内温度計測の可能なことが確認された.このような骨組織を透過した近赤外レーザーによる輝尽発光実験は,これまで報告されたことがない.

 本研究の成果は,心肺停止後,生還時の脳機能障害リスクを低減する体温調節法に役立ち,さらに,生体深部計測法を発展させて,複雑な生体反応解明への寄与も期待されるという.

(注)M. Ohashi, Y. Takahashi, N. Terakado, N. Onoue, T. Shinozaki, and T. Fujiwara, "Temperature dependence of afterglow in zirconia and its optically-stimulated luminescence by bone-through irradiation for biological temperature probe", Scientific Reports, Vol.10, Article number: 2242 (2020), doi: 10.1038/s41598-020-58979-4; Published: 10 February 2020