ナノテク情報

デバイス・応用

世界最高速,800GHzを超えるスイッチング性能を有するトランジスタを開発 ~IOWN・Beyond 5Gの世界の実現に向けたテラヘルツ帯集積回路の開発に道筋~

 日本電信電話株式会社(NTT)は2020年3月27日,同社の研究グループが,インジウムリン(InP)系化合物半導体結晶成長技術と,ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT)製造技術の高度化により,世界で最も高速な800GHz(ギガヘルツ)を超える電流利得遮断周波数を有するトランジスタの開発に成功したことを発表した.IOWN(Innovative Optical and Wireless Network:NTTの次世代コミュニケーション基盤構想)やBeyond 5Gの世界の実現に向けたテラヘルツ(THz)帯(>300GHz)集積回路の開発に道筋がつけられたとしている.本技術の詳細は,IEEE Electron Device Letters誌に掲載されている(注).

 NTTではこれまでに光・無線通信の大容量化を通じて情報化社会の高度発展に対応してきている.通信の大容量化のためには活用できる周波数帯域の拡張が必要であり,通信用の集積回路を構成するトランジスタの高周波化によりそれを達成してきた.IoTの普及やAIの活用が広がる社会において,通信量の急激な増加予想に対応するために集積回路の動作帯域をTHz領域まで拡張することが望まれている.しかし,トランジスタの電流利得遮断周波数(fT)は700GHz台で飽和傾向にあり,その壁を超えることが課題だった.

 研究グループは,以前から実績があり,高速化に適したInP系のHBT(Heterojunction Bipolar Transistor)の一層の進化を追求した.トランジスタの設計においては,高速化とともに,電流利得や耐圧などの電気特性も要求条件を満さねばならない.これらの実現には,HBTを構成するエミッタ・ベース・コレクタに最適な材料の選定,その高品質な形成,ナノメートル以下の精度での膜厚制御,および添加する不純物量の精緻な制御などの条件を満たす結晶成長技術が必要である.これに対し研究グループは,独自の原材料制御法を用いた有機金属化学気相堆積法により,エミッタにインジウムガリウムリン(InGaP),ベースにインジウムガリウム砒素アンチモン(InGaAsSb),コレクタにInPを用いて所望のHBT構造を作製した.

 HBTの構造では,トランジスタの高速化に向けては,電子走行時間と寄生容量の削減を両立させる構造を案出した.HBTの高速化を妨げる支配要因のコレクタの走行時間を減らすにはコレクタの薄層化が効果的であるが,逆にコレクタ接合の寄生容量が増大し,高速化が阻害される.今回は,コレクタ接合容量を減らすためベースとコレクタの接触面積を最低限に抑える構造を採った.即ち,ベースの表面に設けたベース電極の幅を従来の200nmから50nmに減らし幅240nmの棒状エミッタ電極の側面に絶縁膜を介して添わせた形とする製造技術を構築し,ベース電極面積を約70%低減することに成功した.これにより,コレクタを従来よりも薄層化しても,寄生容量を増加させることなく電子走行時間の短縮が可能となり,HBTにおいて従来の限界を超える高速化を実現した.ベース幅13nm,エミッタ面積240nm×7.8μmのHBTで電流利得~95,コレクタ耐圧2.6V,813GHzのfTが得られ、800GHz超のスイッチングが可能になった.

 この技術により,テラヘルツ(THz)帯で動作可能な集積回路の実現が見込まれ,集積回路の劇的な高速化・高性能化が可能になる.マルチTbps級の光伝送やTHz帯を利用した大容量無線通信,センシング・イメージングなど,将来のスマート社会を支える高度な情報通信システムやサービス,Beyond 5GやIOWNの世界を実現していくとしている.

(注)Yuta Shiratori, Takuya Hoshi, Hideaki Matsuzaki, "InGaP/GaAsSb/InGaAsSb/InP Double Hetero-junction Bipolar Transistors with Record ft of 813 GHz", IEEE Electron Device Letters (Early Access). DOI: 10.1109/LED.2020.2982497; Date of Publication: 23 March 2020