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塗って加熱してn型有機半導体膜を作る ~硫黄の脱離反応を利用した可溶性前駆体設計~

 名古屋大学は2020年6月22日,同大学大学院 工学研究科の早川 咲穂修士課程学生,福井 識人助教,忍久保 洋教授らの研究グループが,奈良先端科学技術大学院大学の松尾 恭平助教,山田 容子教授らと共同で,硫黄元素の挿入という独自の分子設計に基づきn型有機半導体の可溶性前駆体の創出に成功した,と発表した.本研究は,独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業「ヘテロ元素の挿入を分子設計の鍵とした新規湾曲π共役分子の創出」の支援を受けて行われ,成果は,米国化学会の発行するJournal of the American Chemical Society誌にオンライン掲載された(注).

 有機半導体は,有機ELや有機太陽電池などに期待される次世代電子デバイス材料である.シリコンのような無機半導体材料に比べ安価で,溶剤に溶解して塗布することで薄膜を形成できれば,真空蒸着が不要となり,デバイスの製造工程コストも大幅に低減される.一般に,有機半導体薄膜を溶液から形成するには,有機半導体となる化合物に溶剤性を高める官能基を付加して可溶性前駆体とし,塗布後に官能基を脱離して有機半導体とすることが行われている.ところが,これまで報告された可溶性前駆体は,電荷移動を正孔が担うp型半導体材料が殆どで,電子が電荷移動を担うn型で溶剤塗布可能な材料選択の範囲は限られていた.有機太陽電池のような用途では,p型とn型の両方の半導体が必要であるため,溶剤可溶性n型半導体前駆体の創出が待望されていた.

 研究グループは,n型半導体のひとつであるペリレンビスイミドに着目し,この分子に硫黄元素を挿入することで可溶性前駆体を設計し合成した.硫黄元素を挿入したペリレンビスイミドは平面的な分子構造が歪み,溶解性が向上する.合成された前駆体は,1,8位と1',8'位にN-butyl基やN-octyl基を有するdinaphtho thiepine bisimide(DNTBI),およびその硫黄酸化体である.この硫黄挿入型ペリレンビスイミドは,熱や光などの外部刺激に反応して硫黄を脱離しペリレンビスイミドに変化する.研究者らは,前駆体のクロロホルム溶液をシリコン基板にスピンコートし,230℃に加熱して硫黄を脱離させ,ペリレンビスイミドの薄膜を得た.次いで,金電極を蒸着して有機電界効果トランジスタ(OFET)を作り,閾値電圧23V,オンオフ比3×105のトランジスタ動作を確認した.このOFETの電子移動度は0.41cm2V-1s-1であった.

 本研究は,代表的なn型有機半導体であるペリレンビスイミドの可溶性前駆体の作製では初めての報告という.研究グループは,今後,硫黄元素の脱離を利用した新奇な可溶性前駆体の分子設計研究,有機電子デバイスへの実用化が加速することを期待している.

(注)S. Hayakawa, K. Matsuo, H. Yamada, N. Fukui, and H. Shinokubo, "Dinaphthothiepine Bisimide and Its Sulfoxide: Soluble Precursors for Perylene Bisimide", Journal of the American Chemical Society, 2020, DOI:10.1021/jacs.0c04096; Publication Date: June 16, 2020