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量子もつれ光を用いた,新たな赤外分光法を実証 ~分析装置の飛躍的な小型化・高性能化に期待~

 京都大学は2021年3月9日,同大学工学研究科の竹内 繁樹教授らの研究グループが,量子もつれ光の干渉を用い,可視光のみの検出で赤外分光を実現する「フーリエ変換型赤外量子分光法」を提案・実証したと発表した.本研究は,文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラムQ-LEAP:「量子もつれ光子対を利用した量子計測デバイスの研究」,他による支援を受けて行われた.本成果は,米国物理学会が発行する応用物理学の論文誌 Physical Review Appliedに掲載された(注).

 光子の量子的相関を利用して,従来の計測技術の限界を超える量子センシングの研究が精力的に進められ,中でも「赤外量子吸収分光法」が注目を集めている.赤外分光法は分子を特定する方法として幅広い分野で利用されているが,従来の装置では赤外域での光源や光検出器が,装置小型化の支障となっていた.赤外量子吸収分光法では,可視域と赤外域に発生する「量子もつれ光子対」を利用することで,可視光源とSi光検出器を用いて赤外吸収スペクトルが取得でき,装置の小型化・高感度化が期待される.しかし,従来の赤外量子吸収分光法では可視域の分光装置が必要で,小型化や高分解能の実現に対し課題となっていた.

 この課題に対し本研究グループは,分光装置を用いない新たな赤外量子分光法である「フーリエ変換型赤外量子分光法」(Quantum Fourier-Transform Infrared spectroscopy: QFTIR)を提案・実証した.実験では先ず,励起レーザー光(波長532nm,150mW連続波)を非線形光学結晶(LiNbO3)に入射させ,可視光子(810nm)と赤外光子(1550nm)の対である「もつれ光子対」を発生させる:(A).この光子対を波長フィルターで分離し,赤外光子は被測定試料を透過後に鏡で反射させ,LiNbO3に再度入射させる.また,可視光子とレーザー光も別の鏡で反射させLiNbO3に再入射させると,(A)と同様に光子対が生成される:(B).この(A)と(B)の2つの「もつれ光子対」発生事象で,量子干渉が生じる.赤外光子の反射鏡の位置を変化させると,量子干渉で発生する可視光子は増減し,Si光検出器と光子計数装置で量子干渉信号が観測された.反射鏡位置によって(A)と(B)の遅延距離を±50μm程度変化させた時,Si光検出器で検出される波長81nmの光子数は~1550nmの周期で変動し,その振幅は遅延距離0に極大を持つ包絡線を描いた.

 今回研究グループは,観測された量子干渉信号をフーリエ変換することにより,赤外光子の経路に設置された試料の赤外吸収スペクトルや屈折率スペクトルを取得できることを理論的に示した.実際,上記の実験系に,被測定試料として光学特性が既知である光学フィルターを挿入し,観測された量子干渉信号をフーリエ変換することにより,光学フィルターの透過率スペクトルを取得したところ,波長~1.55±0.005μmの透過フィルター特性が得られ,従来の分散型分光器によって測定した透過率スペクトルと一致することを確認した.また,試料として石英ガラス板(158μm厚)を用い,波長1.52~1.58μmで石英ガラスの屈折率典型値~1.5が得られ,消衰係数は<<10-4で透明であることを明らかにできた.

 本方法は,装置の飛躍的な小型化や高感度化が可能なため,量子センシングの社会実装のさきがけとなり,環境モニタリング・医療・セキュリティなど様々な分野への応用展開が期待される,としている.

(注)Y. Mukai, M. Arahata, T. Tashima, R. Okamoto, and S. Takeuchi, "Quantum Fourier-Transform Infrared Spectroscopy for Complex Transmittance Measurements", Physical Review Applied, Vol. 15, p. 034019 - Published 8 March 2021; DOI: 10.1103/PhysRevApplied.15.034019