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触媒と光でマウス脳内のアミロイドβを除去

 東京大学は2021年3月26日,同大学 大学院薬学系研究科 有機合成化学教室 金井 求 教授,相馬 洋平 医薬機能グループリーダー,東京大学 大学院薬学系研究科 機能病態学教室 富田 泰輔 教授,堀 由起子 講師らの研究グループが,これまでのアルツハイマー病に関わるアミロイドβ(Aβ)凝集体の形成阻害或いは除去の研究で課題となっていた血液脳関門通過を可能とする全く新しい触媒を開発し,非侵襲的にマウス脳内のAβ凝集体を光酸素化により減少させる方法を開発したことを発表した.本研究は,独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究補助金,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)戦略的国際脳科学研究推進プログラムなどの支援を受け,本成果は,Science Advancesの電子版に掲載された(注).

 アルツハイマー病は認知症の主要因の一つで,日本国内の患者数は2025年には466万人,2060年には約600万人~800万人に達すると予想されている.アルツハイマー病の発症の要因として,脳内で特定タンパク質の沈着で出来るAβ凝集体が神経細胞を傷つけることが関係していると考えられている.本研究グループはこれまでに,新しいアルツハイマー病治療法として光照射下で触媒を使ってAβを酸素化し,これによりAβの凝集性や毒性が抑制できることを見いだしてきた.しかし,これまでの触媒は血液脳関門を透過することができなかったため,脳内でAβを酸素化するためには,手術により直接的に脳への触媒投与と光照射が必要であった.

 上記課題に対処し,より低侵襲での脳内Aβの酸素化の実現を目指して触媒となる有機化合物の分子設計,合成評価を続けた結果,今回,血液脳関門を通過可能な全く新しい触媒を開発した.この触媒は次の3つの特徴を持つ.①血液脳関門を通過できる小さい分子量の化合物でありながら,②マウスの頭蓋骨を通過するオレンジ色の光を吸収することができ,さらに,③この触媒は,Aβだけを選択的に酸素化するスイッチ機能を発揮する.すなわち,Aβが存在しない時は触媒分子は屈曲運動により触媒活性がオフになっており,触媒分子がAβと結合すると運動性が低下して触媒活性がオンになる.このスイッチ機能によって,触媒はAβに対し選択的に反応し,アルツハイマーだけに作用し,副作用は起こらない.

 今回開発した触媒をアルツハイマー病モデルマウスに静脈内投与したのち,体外から光(波長600nm)を照射してモデルマウス脳内のAββを酸素化する実験で,脳内のAβ凝集体の減少効果を評価したところ,触媒による処置をしない場合と比較して,80%以下への減少が見られている.

 このあとは,マウス脳内でのAβの酸素化による脳機能の回復,アルツハイマー病に見られる行動異常などの症状改善などの評価を行う.同時に,マウスと比べて頭蓋骨の厚いヒトにおいても非侵襲的な脳内Aβの酸素化が可能かどうかなど,臨床応用に則した観点での検討を進め,本成果が,アルツハイマー病治療法の創出につながることを期待している.また,このような触媒反応を用いた触媒医療戦略は,アルツハイマー病のみならず,同じくペプ チドやタンパク質が凝集して発症する様々な疾患(アルツハイマー病以外の認知症,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症,末梢アミロイドーシスなど)に対しても,普遍的に適用できる概念となるとしている.

(注)Nozomu Nagashima, Shuta Ozawa, Masahiro Furuta, Miku Oi, Yukiko Hori, Taisuke Tomita, Youhei Sohma, and Motomu Kanai, "Catalytic photooxygenation degrades brain Aβ in vivo", Science Advances, 24 Mar 2021: Vol. 7, no. 13, eabc9750, DOI: 10.1126/sciadv.abc9750