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量子暗号通信で世界最長600km以上の通信距離を実証 ~都市間・国家間を長距離量子暗号通信で結び,量子インターネット構築に貢献~

 株式会社東芝は2021年6月9日,量子暗号通信の通信距離を拡大するデュアルバンド安定化技術を開発し,世界最長となる600km以上の通信距離の実証に成功したと発表した.本研究の一部はEUの Horizon 2020 プロジェクト OpenQKD の支援を受けた同社ケンブリッジ研究所で実施された.成果は同所 Mirko Pittaluga 氏を筆頭著者として Nature Photonics に掲載され(注1),科学ポータルサイト Phys.org も紹介している.

 現在広く利用されている暗号通信における暗号鍵は,将来,量子コンピュータによって解読される可能性が指摘されている.一方,量子暗号通信では,暗号鍵を光ファイバ上の単一光子の状態にして符号化し送信するので,光子を読み取ろうとすると状態が変わり,確実に盗聴を検出できる.盗聴を検出した際はその暗号鍵を無効にし,新たな暗号鍵を発行することで,盗聴されることのない安全な通信を実現すると期待されている.しかし,量子暗号通信に利用する光ファイバは温度変化や振動などの環境変動により伸び縮みし,微弱な光信号の位相によって表現される量子ビットに影響を与えてしまうので,長距離通信では正しく情報が伝わらないという課題がある.現在製品化されている量子暗号鍵配信システムの通信距離は100-200km程度に限られており,実験室での最新の実証でも500km程度である.都市間,国家間といった,より長距離での安全な通信経路の構築には,環境変動の影響を受けにくい安定した量子暗号通信が課題となっている.
この課題に対し東芝欧州社ケンブリッジ研究所では,環境変動の影響を補正することができるデュアルバンド安定化技術を開発した.本技術では,位相変動を補正するための参照信号として,暗号鍵送信用の光信号(波長1550nm)とは別に,波長の異なる2つの光を使う.第1の参照信号に連続波を用いることで,位相の高速な変動を連続的に補正する.第2の参照信号は暗号鍵送信用の量子ビットと同じ波長にすることで,その波長で起こる微小な変動を補正し,精度の高い位相調整を実現する.本技術により,600km以上の伝送でも,波長1550nmの光信号に対し,常に数%の範囲内で位相変動を高精度に抑制し,量子暗号通信距離を延ばすことが可能となった.

 実験ではデュアルバンド安定化技術を,500kmの通信を実現した東芝独自の量子暗号鍵配信プロトコルである Twin Field QKD (Quantum Key Distribution)(注2)に適用することで,世界最長となる600kmを超える量子暗号通信を実証した.光ファイバは,コーニング社製 SMF-28®ULL 超低損失ファイバを使用した.600kmの光ファイバの両端から暗号鍵を担う光子とともに,波長の異なる2つの参照信号も送信し,中間地点の300km先で位相変動を検出した.検出した位相変動をもとに,暗号鍵光子の位相変動を補正再生した.この結果,鍵配信速度は1bit/sであることが分った.これまでの到達限界距離500kmにおける鍵配信速度0.1bit/sに対し10倍速く,今回の技術で500kmの通信を行うと400倍の40bit/sに向上した.
 
 発表者は,実用的で安全な世界規模の量子暗号通信ネットワーク構築に向け,本成果の5年以内の実用化を目指すとしている.また,将来的に量子コンピュータが実現され,量子コンピュータ間を長距離量子情報通信リンクで接続する「量子インターネット」を構築する際には,基礎技術として必要となるという.

(注1)Mirko Pittaluga, Mariella Minder, Marco Lucamarini, Mirko Sanzaro, Robert I. Woodward, Ming-Jun Li, Zhiliang Yuan & Andrew J. Shields, "600-km repeater-like quantum communications with dual-band stabilization", Nature Photonics, DOI: 10.1038/s41566-021-00811-0; Published: 07 June 2021

(注2) https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/18/1805-01.html