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物性・原理

量子アニーリングは古典コンピュータでシミュレートできない ~量子物質の性質の解明には量子デバイスが必要~

 東京工業大学は2021年8月24日,同大学 科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニットの坂東優樹 研究員(研究当時)と西森秀稔 特任教授が,量子アニーリングに関わる量子磁性体の性質をスーパーコンピュータ(古典コンピュータ)でシミュレートし,そのデータが量子力学の理論と合わないことを示したと発表した. 本成果は,米国物理学会が発行するPhysical Review A誌に掲載された(注).

 量子コンピュータの研究開発が,世界的に活発化している.量子コンピュータには「ゲート型」と呼ばれる汎用量子コンピュータと,組合わせ最適化問題を短時間に解く「量子アニーリング型」がある.量子アニーリングは,量子力学の効果を使ってある種の関数の最小値を求める方法で,1998年に東京工業大学の西森教授らによって提案された.2011年にはカナダのD-Wave社が,量子アニーリングの商用ハードウェアを開発,製品化した.その後,量子アニーリングは,当初の目的である組合わせ最適化問題を超えて,物質の性質を解明する量子シミュレーションへの応用が急速に進展している.一方,D-Wave社が開発,市販している量子デバイス上で実現されている形式の量子アニーリングは,古典コンピュータ上で効率よくシミュレートできるので,わざわざ量子デバイスを使う必要はないという論調も見られる.対象とする物質の平衡状態に関する静的な性質についてその主張は正当であるが,非平衡状態の動的な性質についてその根拠は希薄である.この問題に焦点を当てた研究はあまり見当たらなかった.

 そこで研究チームは,ある物質の動的な性質に関して,古典コンピュータを用いたシミュレーションと量子力学の理論とを比較,さらにはD-Wave社の量子アニーリングマシンによるシミュレーション結果と比較した.取り上げた研究対象は「1次元横磁場イジング模型」として知られる量子磁性体で,量子アニーリングの基礎研究で用いられる典型的な問題である.1次元横磁場イジング模型は量子ビットが線上に並んで隣同士が相互作用をし,量子ゆらぎを引き起こす効果(横磁場)が加わっている問題で,その動的な性質に関して,古典コンピュータ(スーパーコンピュータTSUBAME3.0)でシミュレーションを実行した.

 スーパーコンピュータで得られたデータから,物質の構成要素が隣同士完全に揃った状態にない場所の数(欠陥数)の分布を詳細に解析した.その結果,欠陥数の分布の統計が,量子力学の理論から導かれる値と一致しない場合が多いことが示された.どのような場合に一致し,どのような場合に一致しないかを予め知ることは不可能である.このため,古典コンピュータ上でのシミュレーションが,量子アニーリングの研究に適さないことが明らかになった.さらに,量子アニーリングを実装したD-Wave社製マシンによる量子シミュレーション結果とも整合していないことも明らかになり,動的な性質の精度には課題が残った.

 これらの結果から,古典コンピュータによるシミュレーションの問題点が明らかになり,量子アニーリングを直接実現するデバイスの必要性を裏付けることとなった.今後,量子アニーリングを高い精度で実現した装置の開発や,どのような量子物質が量子アニーリングによる解析に適しているかを系統的に明らかにすることが重要となる,としている.

(注)Yuki Bando and Hidetoshi Nishimori, "Simulated quantum annealing as a simulator of nonequilibrium quantum dynamics", Physical Review A, Vol. 104, p. 022607 - Published 16 August 2021, DOI: 10.1103/PhysRevA.104.022607