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物性・原理

重いIV族元素を用いたダイヤモンド量子光源の光学特性を解明 ~量子ネットワークへの応用に期待~

 東京工業大学は2021年10月5日,同大学工学院電気電子系の岩﨑 孝之准教授らが,物質・材料研究機構,産業技術総合研究所の研究者との共同研究で,固体量子光源となる,ダイヤモンド中の鉛-空孔(PbV)中心の高品質形成に成功し,その光学特性を明らかにしたと発表した.本研究は文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)等の支援を受け,成果はACS Photonics誌に掲載された(注).

 量子ネットワークは,量子状態(スピン等)を送受信することで安全な情報伝達を可能にする次世代通信ネットワークであり,優れた光学特性の単一光子を放出する固体量子光源が求められている.量子光源のひとつにダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心があるが,情報伝達に用いられるゼロフォノン線(ZPL:フォノンの遷移を伴わない発光)の割合が全発光中の4%程度しかなく,構造対称性から外部ノイズの影響を受けやすい.それに対して,ダイヤモンド中のIV族元素を用いた量子光源は,ZPLの割合が大きく,さらに反転対称の構造を有するためノイズに強い.本研究グループはこれまでに,スズ-空孔(SnV)中心の形成に成功し,大きな基底状態分裂によってフォノンの影響を抑制できることを確認した.スズよりもさらに重いIV族元素である鉛を用いた鉛-空孔(PbV)中心の研究が世界各国で始まっているが,高品質な量子光源の形成が難しいという問題に直面している.

 本研究グループは今回,2,000℃を超える高温加熱処理を行うことでダイヤモンド中に高品質なPbV中心を形成し,その光学特性を解明した.Pbは非常に重い元素であるため,ダイヤモンド基板へのPbイオン注入時に多数の欠陥を導入してしまう.さらに,格子密度の大きいダイヤモンド結晶内では,大きなPb原子が動きづらくアニーリングが難しい.そこで,イオン注入後の加熱処理を,通常の1,000~1,200℃を大幅に超える2,100℃で行い,ダイヤモンド相を安定にするために約8万気圧の高圧下において実施した.

 ダイヤモンド中のIV族-空孔中心は,IV元素が格子間位置に存在し,その両隣の炭素が空孔になった構造になる.この構造が持つ基底状態と励起状態はスピン軌道相互作用によりそれぞれ2つに分裂しており,そのエネルギー準位間で光学遷移が起こる.形成した高品質PbV中心の発光スペクトル(温度5.7Kで波長515nmのレーザー励起)には,550nmと554nmの2本の鋭い波長のピークが観測された.この2本のピークは,それぞれ2つの励起状態のうち低いほうの準位から,2つの基底状態の準位への光学遷移に対応している.2本のピークの偏光方向は直交しており,ダイヤモンド中のPbV中心のZPLに対応していることを示した.2本の波長ピーク間のエネルギー差は基底状態の分裂幅(約3,900 GHz)に対応し,この大きな基底状態分裂幅とフォノンの吸収レートの理論を踏まえると,PbV中心では約9 Kにおいて長いスピンコヒーレンス時間(寿命)が期待できる.

 今後は,本固体量子光源のさらなる高品質化や,光学・スピン特性の詳細評価を行い,量子ネットワークへの応用を目指す,としている.

(注)Peng Wang, Takashi Taniguchi, Yoshiyuki Miyamoto, Mutsuko Hatano, and Takayuki Iwasaki, "Low-Temperature Spectroscopic Investigation of Lead-Vacancy Centers in Diamond Fabricated by High-Pressure and High-Temperature Treatment", ACS Photonics, 2021, DOI: 10.1021/acsphotonics.1c00840; Publication Date: September 14, 2021