【公開日:2025.06.10】【最終更新日:2025.05.23】
課題データ / Project Data
課題番号 / Project Issue Number
24UT0260
利用課題名 / Title
電子エネルギー損失分光法による無煙炭のπ-π*バンド間遷移エネルギー吸収評価
利用した実施機関 / Support Institute
東京大学 / Tokyo Univ.
機関外・機関内の利用 / External or Internal Use
外部利用/External Use
技術領域 / Technology Area
【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)-
【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies(副 / Sub)マルチマテリアル化技術・次世代高分子マテリアル/Multi-material technologies / Next-generation high-molecular materials
キーワード / Keywords
電子顕微鏡/ Electronic microscope
利用者と利用形態 / User and Support Type
利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)
木村 誠二
所属名 / Affiliation
電気通信大学研究設備センター
共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
寺西 亮佑
利用形態 / Support Type
(主 / Main)技術補助/Technical Assistance(副 / Sub)-
利用した主な設備 / Equipment Used in This Project
報告書データ / Report
概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)
天の川銀河で観測される星間減光217.5nm吸収がその原因となる炭素質星間塵の普遍性を示しているのに対し、実験的にその吸収スペクトルを示す炭素物質が発見されていないことから、その特殊な原因物質に関する研究が50年以上行われてきた[1]。その結果、吸収の候補物質として、多環式芳香族炭化水素、水素を含む非晶質炭素、急冷炭素質物質、石炭(炭素含有量90%以上の炭化度が高い無煙炭)などの炭素物質が検討されているが、未解決のままである[2]。これまでの研究では、この炭素物質の吸収ピークが観測に近い値を示すという報告に留まっており、吸収の原因構造は実験的に特定されていない。一方、我々は原因構造に着目した研究を行い、観測に近い吸収ピークを示す炭素物質には共通のよく似たラマンピークが測定されることから特殊な炭素構造が関係していると考えている。その類似のラマンピークは候補でない別の炭素物質でも測定されているが、バルク試料のために紫外吸収スペクトルの測定は容易ではなく、現在その測定方法を検討中である。もしその未測定の炭素物質に対して電子エネルギー損失分光(Electron energy-loss spectroscopy: EELS)法から吸収スペクトルが得られ、観測されている吸収ピーク位置と一致すれば我々の仮説を支持する結果となる。そこで本研究課題では、まず吸収スペクトルが計算されている無煙炭と比較用として観測ピークを示さない2種類の非晶質炭素物質に対してEELSスペクトルを測定してその違いを確かめるとともに、測定結果から誘電率を求めて紫外吸収スペクトルの計算を行った。その結果、無煙炭の吸収ピークが計算結果と良い一致を示すことが確認できれば、吸収ピークが未確認の他の炭素物質にも適応できるため、さらに研究成果の進展が期待できる。
実験 / Experimental
本測定で使用した3種類の炭素試料は次のようにして作製した。(1)無煙炭は市販品をアルゴンミリングで薄膜化し、(2)非晶質炭素粒子はベンゼンを燃やして作製した粒子をエタノールに分散させてTEMマイクログリッド上に堆積させ、(3)非晶質炭素薄膜はガラス板に真空蒸着したものを水面剥離させてTEMグリッド上に固定して試料とした。その各試料に対してJEM-2800搭載の電子線エネルギー損失分光器でEELS測定を行った。紫外ー可視吸収スペクトルは、EELSスペクトルからEgertonが述べたクラマースクローニッヒ解析(Kramers-Kronig Analysis: KKA)の手順に従って得られた誘電率から計算した[3]。その手順は、ゼロロスピーク(zero loss peak: ZLP)強度を実測したZLPの結果を使って除去し、フーリエログデコンボリューション法で多重散乱の寄与を除去し、単一散乱強度分布を得た。その得られた単一散乱強度を規格化して損失関数を導出し、KKA変換による複素誘電率を算出、その結果から吸収スペクトルの計算を行った。
結果と考察 / Results and Discussion
3種類のEELSスペクトルは図1に示すように試料によって異なり、その傾向は紫外吸収スペクトルの結果とよく一致していた。まず無煙炭のピークは5.6eV付近にあり、この波長位置は221nmで、これは計算で得られた吸収ピーク位置の220nmに近い値である[4]。また、非晶質炭素粒子のピークは4.8eV付近で、これは258nmに相当し、報告されている260nmに近い結果である[5]。一方、非晶質炭素薄膜には明瞭なピークがなく、これは実測の吸収スペクトルはピークを示さないという結果と一致している。測定されたEELSスペクトルの結果はこれまでの光学スペクトルの結果と良い相関関係が得られている。
一方、EELS測定から得られた吸収スペクトルはブロードで不明瞭なピークとスペクトルの傾きに関して問題点が認められた。その吸収スペクトルの結果を図2に示す。炭素粒子では実測の260nm付近の吸収ピークを含んだ200nmから400nmにかけてブロードは吸収ピークを示し、無煙炭では明瞭なピークが見られないが200nmから250nm付近に弱い吸収が存在しているように見られる。これは炭素粒子と無煙炭の吸収がもともと弱いことに起因する可能性があるが、別の原因として測定箇所の試料の厚みの影響も考えられる。測定した試料の厚さは、炭素薄膜で89nm、炭素粒子で75nmであるのに対して無煙炭では57nmで、無煙炭の厚さは最も薄く薄膜試料の2/3程度である。図2において、測定場所が厚いほど吸収スペクトルの傾きが実測の吸収スペクトルに似る傾向が見られ、炭素薄膜では実測に比較的近い傾向を示しているのに対して炭素粒子や無煙炭では顕著な違いが存在する。通常、炭素物質の吸収スペクトルは短波長側でより吸収され、右肩あがりのスペクトルになる。しかしEELSスペクトルから得られた吸収スペクトルは長波長側でも増加傾向を示し、実測されている炭素物質の吸収スペクトルの傾きとな異なっている。また炭素薄膜試料において測定箇所が薄くなるとZLPの裾が上がる傾向が見られたため、試料の厚さが吸収スペクトルに影響することは十分に考えられる。それらを考慮すると、もっと試料の厚さがあるところで測定を行えば無煙炭や炭素粒子の吸収ピークがよりはっきりと確認でき、スペクトルの傾きが改善されるかもしれない。また試料の厚さ以外にも、低エネルギー領域の問題を解決可能な方法として、高分解能のEELS測定ができる電子顕微鏡の利用や、チェレンコフ放射などの遅延効果の影響が誘電関数の結果に影響する可能性を考慮して低加速電圧でのEELS測定[6]などの方法で改善できる可能性もある。それらは無煙炭の追加EELS測定ではっきりした吸収ピークが得られなかった時の検討課題である。
本年度の実施では無煙炭の確かな吸収スペクトルを得るには至らなかったが、EELS測定の有用性を十分に見出すことはできた。無煙炭の追加EELS測定の結果次第によっては他の炭素物質候補の測定も検討したい。
図・表・数式 / Figures, Tables and Equations
図1、(a)無煙炭、(b)非晶質炭素粒子、(c)非晶質薄膜のEELSスペクトルで、それぞれ試料厚さが、(a)57nm、(b)75nm、(c)89nmで測定された結果である。無煙炭は5.6eV、炭素粒子には4.8eV付近にピークが見られる。矢印で示した23eV付近のピークは、価電子全体(π電子+σ電子)の集団振動に対応したπ+σプラズモンピークである。
図2、EELSスペクトルから得られた(a)無煙炭、(b)非晶質炭素粒子、(c)非晶質薄膜の吸収スペクトル。
その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)
[1] D C B Whittet, Dust in the Galactic Environment Second Edition, Institute of Physics Publishing (2003).
[2] S. Kwok, Physics and Chemistry of the Interstellar Medium, University Science Books (2007).
[3] R. F. Egerton, Electron Energy-Loss Spectroscopy in the Electron Microscope 2nd ed., Plenum Press, New York (1996).
[4] R. Papoular et al., Astron. Astrophys., 270, L5-L8 (1993).
[5] C. Koike et al., Mon. Not. R. Astron. Soc., 268, 321-324 (1994).
[6] Otsuka et al., Microscopy, Vol. 47, No.2, 118-122 (2012).
成果発表・成果利用 / Publication and Patents
論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
特許 / Patents
特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件